センターの特徴

 

最高の環境(場所はここですクリックしてください)

東京の中心
世界の経済・文化・産業をリードする街、東京の
中心にあって

落ち着いた環境
明るく広い教室
見上げれば東京タワー

    

 

信頼できる教材、教授法、カリキュラム(教育課程)、そしてシラバス(進度日程管理)

教材は全てオリジナル(→教材のページをご覧下さい)

教育効果を測定して毎学期、改訂

 

マルチメディア教材・プロジェクターを利用した授業

 

J4からA3までの10段階カリキュラム

文法の単純な積み上げでなく、螺旋階段状に進むスパイラルカリキュラム

これにより受身や使役といった文法項目を

何度も、違う場面、語彙、表現意図で目にすることで

理解が深まる。

1時間ごとの進度を管理するシラバス

学生に、いつどこまで進むかを明示

シラバスは毎学期、改訂

シラバスには目標達成度を測るテストと学期2回の試験が明記 = 到達目標

テストや試験は、単に何点取れたか、ではなく、どこをどのように間違えたかをデータ化

データをもとに教材の改訂を実施 = 教師にとって一番いい教材研究の方法

J1クラスからは「日本語を」学ぶ段階から「日本語で」学ぶ段階に。

AのクラスからはJ1クラスで築いた日本語力を

読解力、聴解力、記述能力、スピーチ、企画力など、必要な技能を日本語で行える総合力にするカリキュラム

 

 

センターの歴史

62年4月
多様化する外国人の日本語教育に対する要請に応え、新しい体系と方法を実践するため、任都栗所長は東京タワー前の金地禅院内に東京日本語センターを設立し、授業を開始する。所長以下教師7名、生徒数18名、内訳はフルブライト・フォード財団奨学金研究員、宣教師、外交官、弁護士、会社員等で、すべて1対1の個人学習とし、教師のみ交代する。
1962年6月?1980年10月
外国企業、特にデンマーク、マースクライン船会社等の要請により、社員1?2名に対する3か月集中研修(週25時間の教室学習と旅行を伴う生活文化学習2?3回)の特別プログラムを作成、十数年間実施する。
1964年~1966年
ことばと生活を結ぶ生活学習のため、軽井沢にセンターの家を開設し、春、夏、秋の期間学習に利用する。
1964年~1970年
ハワイ大学東西センターの要請を受け、派遣学生の教育を担当する。(教室学習は1対1の個人学習)
1965年~1969年
カンサス大学の要請により、派遣学生の教育を担当する。(教室学習は1対1の個人学習)

写真は1968年実施のバス旅行と学芸会

もちつき

 

1968年~1969年
オレゴン大学の要請により、夏期2か月間、学生5?6名に対する日本語集中教育(生活学習5日間)を実施する。
(能力別2グループの教室学習)
1969年~1972年
カルフォルニア・ステートカレッジ大学から派遣された学生6?8名に対する9か月間の日本語教育を実施する。
(能力別2グループの教室学習)
1970年~1972年
南ベトナムからの大学志望留学生に対し、1年間の教育を実施する。

1972年

1972年10月~1974年1月
労働省雇用促進事業団および日本I.L.O.協会による「国際技能開発計画」に基づく、アジア研修生の基礎日本語教育を、
千葉市技能センターにおいて3回にわたって担当する。
1973年3月~1974年7月
北ベトナム政府派遣研修生3名の教育を実施する。
1973年12月~1979年8月
慈恵医科大学病院の要請により、台湾看護研修生に対する3か月間の基礎日本語教育を6回にわたって担当する。
1977年~1984年10月
後楽園イングリッシュ・センター開設と同時に、大学志望者のための日本語1年コースを中心とした後楽園教室を開く。
1978年7月~現在
国際生活体験協会(E.I.L.)から毎年春・秋4か月間派遣されるアメリカ人大学生グループ7?10名の基礎教育、
および1983年夏から夏期高校生グループの短期(2週間)教育を担当する。
1981年~1983年
世田谷区高井戸の日本家庭をクラス別生活学習(宿泊を含む)に利用する。

1982年

創立20周年  その当時の先生方

1983年~1994年

埼玉県深谷市の渋沢栄一生地に渋沢国際会館を開設し、留学生の日本語教育の場とする企画に参加、合宿による地域生活学習の場として利用する。

1983年~1986年

横浜教室開設、弘明寺教室→横浜教室

 

1992年7月
創立30周年式典(銀座紙パルプ会館)

1984年~1994年
麻布台教室開設

1989年~2004年

太田ホームスティ

 

 

2002年
創立40周年式典(銀座紙パルプ会館)

 

2004年8月
所長 任都栗暁 死去
夫人喜代子が校長となる

 

 

2005年4月~

新体制で再スタート

2006年8月

J4からA3までの10段階設定 オリジナル教材が完成

2007年4月

教材のシラバス化 教材改訂の方法が確立

2009年1月5日
お寺の本堂の下の校舎(創立の1962年より使用)のすぐ近くに一戸建て(二階建て)校舎建築。新校舎は1階に2教室、2階も2教室

2011年4月

国立大学法人大学の准教授だった任都栗新が校長となり、本格的に教材、教授法、学生指導、進学指導の充実、改訂を行い始める。

また学生募集の体制作りに乗り出す。

 

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